乳幼児突然死症候群(SIDS)

はじめに

乳幼児の突然の死は家族には受け入れがたい悲しみであり、社会にとっても大きな損失です。法医学にたずさわる私たちは、亡くなった子どもたちがのこしてくれた教訓を次世代に伝えることが同じ悲しみの繰り返しを防ぐと信じています。そして、残された人たちの次への一歩につながることを願っています。
ここでは、これまでに経験した乳幼児突然死症例から学んだこと、中でも直前まで元気だった赤ちゃんが眠っている間に突然亡くなってしまう乳幼児突然死症候群(SIDS)を紹介します。SIDSはこれまで原因不明とされ理解しにくい病気でしたが、多くの症例と出会うことで、おぼろげながらその輪郭がみえてきました。そこで、この私たちの経験に臨床研究や動物実験などから明らかになってきた文献情報を合わせて、私たちが考える現時点でのSIDSについてまとめておきたいと思います。
小谷 泰一

 

乳幼児突然死症候群は生後3か月前後に多い病気

SIDSは生後1年未満の病気とされていますが、ほとんどの症例の発症は生後6か月までで主に3か月前後です。それには理由があります。乳児は、母親の胎内という恵まれた環境に慣れたからだを、外界の厳しい環境に耐えられるからだに変化させる必要があります。私たちが朝起きた時、顔を洗ったりしてスイッチオンすることと似ています。この変化(外界への適応)は赤ちゃんが生まれた瞬間から徐々に始まります。外界からの攻撃に対応できるように脳や心臓の働きを適応させるのです。そして、赤ちゃんの成長スピードが増すことで生後3か月前後は、脳や心臓の働きが一層不安定になります。さらに、この時期は、母親から胎内で受け取った感染への抵抗力(抗体)を使い果たしてしまうので、風邪などをひきやすくなります。つまり、この時期は外界からの攻撃に特に弱く、SIDSはこの時期に発症するのです。ちょっとした風邪やうつ伏せ寝、そして暖かくし過ぎなどの外界からの攻撃がSIDSの引き金になるのです。SIDSの子の約6割は風邪や軽い気管支炎にかかっていますので、生後6か月まで、特に首がすわる3か月前後までの外出は可能なかぎり短時間で済ませ、人込みは避けると良いと思われます。子どもに負担を掛けないように赤ちゃんのリズムに合わせて過ごすことが大切です。

 

脳幹部の反応に異常のある子が、生後3か月頃に乳幼児突然死症候群を発症する

うつ伏せ寝がSIDSのリスクであることは良く知られています。比較的硬めのマットの上で仰向けにして寝かせるべきです。しかしながら、うつ伏せ寝の赤ちゃんが全員SIDSになるわけではありません。むしろ、うつ伏せ寝が好きな子もいます。このような子は、たとえ、うつ伏せ寝で鼻や口が塞がれて息苦しくなっても、無意識のうちに息苦しさに気付き、眠りが浅くなって、頭を動かすことで呼吸困難になることから逃げられるのです。首がまだ座っていない時期でも自然に頭を動かします。
ところが、SIDSの子は、息苦しさを感じることができず、呼吸ができないまま眠り続けてしまい、そのまま亡くなってしまいます。その原因は、どうやら脳の深いところにある脳幹と呼ばれる部位にあるようです。脳幹部にある睡眠、心臓、呼吸などを調節する神経に障害があって、このため息苦しさを感じられず、命の危険が迫っているのに目覚めることなく眠ったまま亡くなるのです。

 

脳幹部の反応に異常のある子に悪い条件が重なって始めて乳幼児突然死症候群は発症する

特に、普段よりもぐっすり眠ってしまうような状態になるといけないようです。いつもならお昼寝をしている時間なのに家族と一緒にドライブに出掛けてしっかり眠れなかったり、お兄ちゃんの誕生日会やクリスマスパーティーでいつもより夜ふかししたりして、睡眠のリズムが狂ったときが要注意です。こんな時、赤ちゃんは寝つきが悪く、ぐずります。そして、うつ伏せ寝にすると落ち着いて眠ったりします。ひとは、うつ伏せの方が熟睡できるからです。普段通りの生活リズムならSIDSにならずに過ごせていたのに、脳や心臓の働きが不安定な“生後3か月頃”に、長時間ドライブによる睡眠リズムの乱れ、軽い風邪、うつ伏せ寝などの“外界からの攻撃”にあい、そしてその赤ちゃんは“脳幹に障害”があって元々息苦しさに気付きにくい子だった。こんな悪条件がすべて重なってしまった時にだけSIDSは発症するのです。

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従って、たとえ脳幹に病気があっても、その赤ちゃんが必ずSIDSになってしまう訳ではありません。睡眠のリズムを守り、硬めのマットの上で仰向けに寝て、風邪を予防できればSIDSにかかる危険性を減らせます。そして、前の項で述べたように、SIDSの多くは生後6か月までに発症します。脳幹に障害があっても6か月を乗り越えれば、SIDSにかかる可能性は非常に低くなります。脳幹の病気が治るか周囲の脳がその弱い部分をカバーしてくれるのでしょう。
どの赤ちゃんがSIDSになりやすいかを知ることができれば予防しやすいのですが、残念ながら、これを発見する方法はまだ開発されていません。世界中で研究が進行していますので期待したいと思います。それまでは、養育者がゆったりとした環境で赤ちゃんのリズムに合わせて子育てができる。そんなあたりまえの社会の実現を目指す必要があります。
 

母親の喫煙が乳幼児突然死症候群を招くひとつの原因になる

なぜ、脳幹に障害が起きるのかはまだよくわかっていませんが、母親や養育者の喫煙、未熟児や低出生体重児、また遺伝子異常などが関係しています。妊娠中に喫煙するとニコチンは胎盤を通って胎児に達します。このために心臓や呼吸を調節する脳が障害され、うつ伏せ寝で息苦しくなっても気付きにくい体質になってしまう子がいます。また、ニコチンの影響で軽い風邪が悪化しやすいからだにもなります。妊娠中だけでなく生まれてからの受動喫煙でも同じです。そのため、喫煙している母親やたばこを吸う家族がいる赤ちゃんの方が、そうでない赤ちゃんよりもSIDSになる危険性が高いのです。たばこが止められないのはニコチンに対する薬物依存という病気です。病気は意志の強さだけでは治りませんので、普通の病気を病院で治すように、ニコチン依存症も病院にかかる方が早く治ります。大切な赤ちゃんをSIDSで亡くさない一つの方法が、養育者のニコチン依存症という病気を治すことなのです。

 

一人一人の症例を多分野専門家集団で検討することが乳幼児突然死症候群の克服につながる

ひとが幼くして命を終えることは、この時代でも残念ながら珍しいことではありません。そして、その原因は乳幼児突然死症候群だけではなく多岐にわたり複雑です。そのため、その原因を知るには、小児科医、放射線科医、病理医、法医、そして司法関係者など、多分野の専門家の知識や経験を結集する必要があります。当法医学講座では、京都第二赤十字病院や京都大学医学部附属病院をはじめ小児医療や放射線診断を専門とする方々と定期的に症例検討会(「京都乳幼児突然死症例検討会」)を重ねてきました。日本では年間約2000人の子どもが初めての誕生日を迎えることなく亡くなっています。この会では、ひとりでも多くの子どもの命を救うことに繋がるように詳細な検討を行っています。ご家族から時に寄せられる死亡原因がはっきりしたことに対する感謝のお言葉を支えに今後も可能な限りこの検討会を続け、乳幼児の突然死予防に貢献する後進の育成にも努めて参ります。

 

乳幼児突然死症候群関連サイト

厚生労働省 乳幼児突然死症候群について
日本SIDS・乳幼児突然死予防学会
NPO法人 SIDS家族の会